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”死”のその先には何が?

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今日は、残り物野菜で、独り鍋・・・

夫が元気だった日常は、冬になると、よく鍋をした。

立ちのぼる 鍋の湯気の中に、

夫との暖かな思い出が、よみがえる。

マッチ売りの少女の、燃えるマッチの中みたいに

はかなげで、すぐ消えそうな想い出だ

 

それから、連想して、思い出が次々と浮かんでくる

最初は、夫の 日常の何気ない仕草や口癖

それから、闘病中の辛かった日々

息を引き取る瞬間

火葬場で、白骨になってでてきた姿・・・・

涙と共に、次々と連想ゲームは止まらなくなる。

 

健康で、幸せな結婚をして、優しい旦那さんと子供や孫に恵まれて、

幸せな人生を送る人もいるのに

病気、孤独、貧困、死別などなど、厳しい人生を送る人もたくさんいる

 

困難な人生を送る人は、それに耐えられるだけの

強い魂を持った人だというけれど

そんな強い魂でなくていいから、魂の修行もしなくていいから

夫と、共に幸せな人生を歩みたかった。

夫がそばにいてくれるだけで、幸せだった。

 

魂が永遠に続くのならば

何不自由ない幸せな人生を送る人と

困難ばかりの人生を送る人と

どこで、どんな差が出てくるのだろう?

人知を超えた視点から見ると、どう違ってくるのだろう?

幸せな人生も、困難な人生も、ゴールは”死”で終了ではないのだろうか?

 

”死”のその先には何があるのだろう?

困難な人生に意味があるのだろうか?

”死”のその先は、自分で体験してみないと分からないものなのかな?