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大切な人がいるということは・・・

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独りの暮らしになって、4回目の秋です。

4年前の11月に夫が旅立ちました。

 命日は、夫があの世に帰った日

 この世を去った日は、あの世の誕生日

 命の終わりは、体の痛み・苦しみが終わった日

 

去年までは、命日が近づくと、身体がその時の感覚を覚えているのか 

気分が落ち込み 体調もなんとなくすぐれませんでした。

でも、今年は大丈夫なようです。

落ち込みもなく、ふつうに生活できています。

有難いことに、心がレベルアップしたのかもしれません。

 

大切な人がいるということは、

その人を失うリスクも同時にあるということ

自分の命よりも大切に思っている人が、病気になったり、事故にあったり、死んでしまったらどうしようという恐怖・・・

朝出かけて、無事に家に帰ってくるまでの心配・・・

今は、その心配をする必要がなくなりました。

 

また 逆に

自分が誰かの大切な存在である時

自分がこの世からいなくなったら、残された人の悲しみは

大切であればあるだけ悲しみも深いものになるでしょう。

若い世代の自殺にいたっては、親の悲しみは計り知れないだろうと思います。

 

先日Eテレで、“死”をどう考える?という内容の番組が放送されていました。

これまで、たくさんの人の死を看取ってこられた 

鈴木秀子さん(シスターで臨死体験者でもある)のお話がありましたが、

そのなかで、印象に残ったのが

―――――――――――――――――――――――――

(問)自分の大切な人を残して逝かなければならない気がかり、

   自分がいなくなったら残された家族はどうなるんだろう?

   という気持ちを抱えながら死んでいかなければならない気持ちは?

   という質問に対して

 

(答)は、それぞれ神様から生きる力をもらっている。

   そして、その人が死んでもちゃんとやっていく。

―――――――――――――――――――――――――――――

という言葉が印象に残りました。

 

私は普段から、夫がいなくなったら、私も生きていけないと言っていました。

それほど、夫に頼り切って生きてきました。

でも、独りになってもちゃんと生きています。

本当に、人はそれなりに環境に順応して生きていけるものなのかもしれませんね。

 

ブログを書いていると、その時々の自分の気持ちが記録されていて

ブログは、自分の心の成長の記録でもあるように思います。

 

今日読んだ ”続 いのちの波動”というブログの一部に

霊界にいる故人は、

・こちらが喜びや幸せを感じている時にはそれを共有してくれる。

・彼らが望むことは残された家族が

「元気に毎日を過ごす事、そして自分の人生を全うして欲しい」その一点に尽きるようである。

(中略)

地上時間で3年も経てば旅立った人はかなり進歩していて、それは地上の人間の成長よりも早いスピードで進んで行くようだ。

 (中略)

異常なまでに死を恐れ、悲しむ。本当は逆であったことが分かるのは大半の人にとって死後になるのだろう。

 

 私が、毎日をきちんと丁寧に生きることが

夫への供養になり、夫が安心してくれることになるのかなと思います。

私が幸せを感じてそれが夫にも伝わり、夫も幸せな気持ちになるのならば、

いつも幸せな気持ちで生きていこうと思います。