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その瞑想法 自分に合う? 合わない?

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ある瞑想の本を読んでいて

マントラ瞑想法というものがあることを知りました。

”ソーハム”というマントラを唱えながら、

20分間の瞑想をするというものです。

試しに、2週間ほど続けてみたのですが

なんだか調子が悪くなってきた感じがしました。

マントラ瞑想中 眠くて眠くて、

寝ているのか、瞑想しているのか分からない状態です。

瞑想中の心地よさが感じられません。

それどころか、朝も眠くて起きるのが難しくなってきました。

眠いのは春のせい?とかも考えましたが

だんだん無気力感もでてきて

この瞑想法は、私には会ってないんだと思い止めることにして

普通の瞑想法に戻しました。

 

マントラを唱えていると、自分の心の状態が見えない気がしました。

(ものすごく嫌なことを抱えている時、そのことを忘れるのにはいいかもしれません)

その瞑想の本には、音を使った瞑想は逆効果と書いてありましたが

私にとっての瞑想は、

心地よくいられること、心が落ち着くことが目的なので

心がやすまる音を聴きながらでも、誘導瞑想でも、呼吸に集中する瞑想でもOKです。

心が今ココにあることを感じながら、

心を柔らかく包み込み、安らかな気持ちを感じる

そんな感覚に浸っていると、幸せな気持ちになります。

私は、瞑想というものをきちんと習ったことはありませんが

自己流でも、それなりの効果はあるように感じます。

 

マントラ瞑想は、本来は指導者のもとで習い

自分に合ったマントラを授けてもらうそうです。

(そのマントラが高くて、5万円とかという記事もありましたが・・・)

マントラとは真実の言葉

宗教的な意味での”マントラ”は、単なる”言葉”ではなくて”真実の言葉”すなわち真言(しんごん)”を意味する。

 

インド人にとって”マントラ”とは、元来、「ヴェーダ聖典の言葉を意味していたそうです。「ヴェーダ」は、神々より授かった言葉ですから”真実の言葉”であります。そして、その”真実の言葉”を用いて神々に祈りを捧げ、神々を動かしたり、あるいは、人々の心や大自然に影響を与えていく・・・・・・、こうした不思議なパワーを持った言葉、これが宗教的な意味での”マントラ”であります。

 

マントラと言霊

なぜ、”マントラ”を繰り返し唱える行法ができたのかというと、

明確な意思を込めて発した言葉は、自然界に影響を与え、また、人間に内在する創造力を発動させるものである・・・・・・・

と考えられていたからだ。 

 

マントラのパワーの源泉は?

しかし、なぜ、そんな不思議なパワーが、言葉に秘められているのだろうか?

簡単に言うと、それはこういうことです。

ヴェーダ聖典の言葉には、背後霊団が控えているということであります。

 

地上の人々が、「ヴェーダ」の言葉を使って、誠の心で祈ったとき、「ヴェーダ」を降ろした天上の神々にその誠の思いが通じ、神々の守護・指導を受けることができる、ということ。

つまり、”マントラ”の力の源泉は、天上の神々のパワーだということです。

 天上の神々と地上の人々との間には、「マントラが響けば駆けつける」という契約、そういう契約あるということです。

  

マントラ行法は師の指導のもとで行うべきである

また、”マントラ”を唱える行法は、神々から聖者へ、聖者からその弟子へと伝わっていくものであることを知っておく必要があります。

 

マントラ”の言葉は、数限りなくあります。たとえばAさんにとって、今の時点、どの”マントラ”が必要なのか?・・・・・・、このことをハッキリ見抜くことができるのは、やはり正師をおいてほかにいないのであります。また、”マントラ”行法にも二通りのやり方があって、Aさには、どちらのやり方がいいのか?・・・・・・、これを正しく指導できるのも、やはり正師をおいてほかにいません。あるいは、Aさんの心の状態を見極め、的確に指導できるのも、やはり正師でなければ無理でしょう。

 

マントラの危険な側面

逆に言うと、正師の指導なしで、自分免許で”マントラ”行法をやるのは、非常に危険だということなのです。

 

たとえば、漢訳の「般若心経」なども、やはり、”マントラ”の部分は、翻訳せずに、音写語で表現しています。「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」という呪文は音写語だから、漢字の意味をどれだけ調べてもみても、この呪文の意味はわかりません。

 

言葉の意味が分からなくても、「ガテー、ガテー、パーラーガテー、パーラサンガテー、ボディ、スヴァーハー」と唱えていると、この”マントラ”の背後霊団、すなわち地上に通信を送った天上界の仏教系の霊団の誰かが、契約に基づいて、自動的に引き寄せられてくるという仕組みになっています。

 

しかし、空念仏のように、意味も分からずに唱えているわけですから、呼ばれた側は、守護・指導したくても、守護・指導できない・・・・・・(^^;、そういうことが多いようです。

 

 とにかく、”マントラ”を唱えれば、その”マントラ”を地上に降ろした霊団の関係者が、契約に基づいて、駆けつけてくれる。でも、地上の人間の心の状態に応じて、守護・指導するわけですから、心の状態が悪ければ、守護・指導したくても、そうすることができないということであります。

 

そして、ここに大きな問題点がある。この時、恐ろしいのは、その霊団の活動を撹乱しようとしている地獄霊たちも、近くに忍び寄ってきているという点なのであります。”マントラ”に引き寄せられるのは、それを降ろした背後霊団だけではないということなのです。

 

そして、天国と地獄の綱引きが始まる(^^;。”マントラ”行法を行なっている人の心の状態に応じて、どちらか一方が主導権を握るということなのであります。天上界の霊がついてくれれば、これは心強いことですが、地獄界の霊に取り付かれたら、大変なことになってしまうのであります。

 

だから、そういう意味で”マントラ”行法には、非常に恐ろしい面がある。たとえ神々が降ろした”真実の言葉”であったとしても、よこしまな心でそれを唱えるならば、神々の守護・指導を受けることは、決してできないだろう。それどころか地獄霊たちに憑依されてしまう可能性があるということなのだ。

 

この点を肝に銘じなければならない。”マントラ”行法はこうした危険な側面があるから、”瞑想”などと同じで、必ず、霊的な背景を見通す力のある正師の指導のもとに行われるべきものなのであります。

 

※精神世界の物知り博士から、「こんな呪文があって、これを常々唱えていると運が開けるよ」と、呪文を教わって、鵜呑みにして、訳も分からず唱えていると、実はその呪文が黒魔術の呪文で、大変なことになってしまった・・・・・・、というようなことが起きる可能性があるので、よくよく注意しなければならないと思います。

 

マントラについて

 もしかしたら マントラを唱える瞑想は、宗教色が強く影響するのかもしれません。

 目に見えないせかいって、

時には危険なことが潜んでいることもあるかもしれませんね。