”辛い出来事”は、贈り物

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昨日に続き

映画 ”4月は君の噓”の話ですが

物語の中で

”このこと(ピアノを弾けないトラウマを抱えてしまったこと)は、

贈り物なんじゃないかなー”と 主人公の母の友人が言う場面があります。

母親の死をきっかけに

ピアノが弾けなくなった天才ピアニスト

母親が死んだのは自分のせいだとの思い込みから

ピアノの音が聞こえなくなってしまった。

 

トラウマのせいで、多くのことを失い、ずいぶん苦しんだけど

そこから立ち直るまでの話が感動的だったから

ドラマが生まれるわけで

 

何のトラブルも苦しみも悲しみもない

幸せなだけの人生だったら、

そこからは何のドラマも生まれず、

もしかしたら、生きる意味も見つけられないかもしれない。

自分が幸せで恵まれているということにさえ気づかないかもしれないかもしれませんね。

 

私も 苦しい現実があるからこそ

そのことで、一生懸命 まだ出会えていない何かを探すことができ、

日々、気付きを求め続けていられるのかもしれません。

もしも平凡で幸せな人生だったら

出会えなかったものがたくさんあったかもしれません。

魂の学びなんていうことは考えもしなかったかもしれません。

 

私にも

人生の苦しみがギフトだと考えられる未来がくればいいなと思います。